Sat Nam
最近クンダリーニヨガとはを考えるきっかけをもらうことが多くて・・・ちょっと書いてみよ~と思って書いてます。私がこのヨガと出会ったのは2010年スペインに住み始めて1ケ月ぐらい経った頃かなぁ。前からやってみたかったヨガをネットで探して行ってみたのが最初。その時に初めてクンダリーニヨガと出会い、それから続けること13年。別にクンダリーニヨガがやりたかったわけでもなく、知っていたわけでもなく、偶然出会ったヨガがクンダリーニヨガだった。
今思うと、自分には合っているヨガだなと思う。毎回やることが違うことだったり、瞑想もクラスの一部だったり、マントラだったり・・・。この13年の間に他のヨガも試してみたくてインドでは5週間みっちり、ハタヨガ、アシュタンガヨガを毎日のようにやってみたりもしてるけど、今のところはクンダリーニヨガがお氣に入りらしい。
私始めた頃は、ハートチャクラと喉チャクラが特に弱くて・・・この辺りのヨガやると首が回らなくなるとか、痛みが出るとか、ハートチャクラで言うと自分の中にチューブが通っていて(チャクラの通り道、氣の通り道みたいな)そのチューブのハートの所が錆びているのを感じてた。つっかえるし、違和感あるし、痛いし・・・だから言う事と思いが一致しない。伝えることが下手。感覚で受け取るから言葉にできないことが多い。聴くことしない。コミュニケーションがうまくいかない。身体がガチガチ。心開けないから卑屈になる。人と衝突する。防御ゆえの攻撃。などなどここに書ききれないほどいろいろありまして・・・。
そういう自分のいや~な思考癖だったり、プライドに自分で氣づいて、それを身体から変えていったんだなと今は分かる。ヨガ始めるまでは人と問題起こしてもその人のせいにするような・・・いや~思い出すと恥ずかしい事ばかりですが。何かそういう自分の中にある嫌な部分だったり、すごくアンバランスな部分だったり、依存している部分だったり、まあグロイ見たくない部分をクンダリーニヨガを通して見て、理解して、腑に落として、変えていったなぁって。
今がそういうのが全くないわけじゃない。でも身体を心を整えていくにつれて、だいぶバランスが取れるようになってきたなって感じ・・・。まだまだそのプロセス中で、ヨガ中や瞑想中にいろいろな氣づきがやってきて、変えたい部分であれば、それを変えるためにヨガの身体からのアプローチと瞑想のメンタルからのアプローチを利用している。だからクンダリーニヨガは『氣づきのヨガ』と言われているのがとっても納得。
気づいて、変化して、さらに氣づいて、変化して・・・終わりはないけどね。
準備が出来ている人が出会うヨガ
変わることを後押ししてくれるヨガ
眠っている人は目覚めるヨガだろうなと思います。
なんて大きなこと書いたけど、私が準備が出来ていたから出会ったのではなく、出会って継続したから、途中でやめて負けるのは嫌だったから変われただけなんだけど・・・。
だから、クンダリーニヨガだけではなく何かに呼ばれていたら、それに氣づいたら、やらない理由を探すのではなく(私たちの脳は言い訳探しのプロだよ♬)とりあえずやってみるといい。そしてちゃんと体感するまである程度続けるといい。
私はクンダリーニヨガから身体の事、心の事、食の事、精神世界の事、着る服の事など生活全般に興味が広がり、面白い。人間の身体は本当に神秘で不思議で飽きない。物質世界地球で楽しみながらこのその身体をどこまで大切にできるか勝負中。(笑)
※写真はスペインの巡礼の道を歩いている時の一枚。
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